人生の最後に必要なものは本当に少ない
最近、身の回りで親族の入院や葬儀が続きました。
還暦も近い年齢になると、そういったことが自分事としてせまってくるものです。
終活というものが、ことさら身近に感じられます。
少し前、親族の入院に付き添ったときのことです。
入院時の手荷物は、大きめの紙袋2つ。
そして…親族が亡くなって病院を後にする時にも、私の手に残ったのはその紙袋2つでした。
どんなに長生きしても、お金があってもなくても、人生の最後に必要なものなんてこの程度のモノなんだな…としみじみ思いました。
死後の片付けは、必ず誰かの手をわずらわす
死後、残った家財道具や不動産は、遺族がすべて片付けなければなりません。
亡くなった親族の住まいには、趣味の道具やコレクションが大量に残されていました。
しかし本人以外にとってはたいした値打ちもなく、ほとんどのものは粗大ゴミ状態に。
捨てるにも、分別の手間や処分費用がかかります。生前にもっと減らしてくれていたら…とついつい愚痴も出ましたね。
誰も住まない不動産に至っては、「一体どうしたらいい?」と相続人たちを悩ませます。売れない「負動産」はもちろん、たとえ売れる物件であっても手間は相当かかります。正直、相続財産なんて、お金以外は残されても大変なだけ…なんです。
そういうケースを多々見てくると、「モノを減らそう!」「残していいのはお金(&思い出)だけ!」という気持ちがいっそう強くなりました。
前々から断捨離などには興味を持っていましたが、ここしばらくの間に気合いが入ったというか、覚悟が決まったというか…以前迷ったものもどんどん処分できるようになりました。
風水が教えてくれること
不要なものは処分して、家の中のものは極力少なくするのがいい…それは風水でも、常に言われていることです。
風水って、「開運」を求めて取り入れる人が多いと思いますが、人生の教訓にもなり得るのだな…と再認識しました。
物をたくさん持っていることイコール幸せ、ではないのだと。
本当に必要なものだけを、大切に使っていければ、それで十分。
年齢とともに、自分の管理能力は衰えます。
だからこそ、できる限り、管理すべきものを減らす…それを目標に、しばらくこの勢いで不用品処分をがんばっていこうと思います。